夜を抱きしめて
ジョンレノンの『Love』
わたしはいろんなひとになろうとする。
でも、そんなことしてもなんにもなれなくて、
たったひとり自分が残っているだけだ。
プレッシャーに弱くていろいろ頑張るけれどうまくいかなくて自分を責め続けている。
ほんとは肯定していかなくちゃやってられないってのにね。
でも、ジョンレノンを聴いていると人間として、存在が認められているような暖かさがあって全てにやさしくなれる。
好きなバンドが12月に解散する。
わたしのまわりから次々と人が離れていく。
それだけ強く生きていかなくちゃいけない。
いつまで目の前のことを頑張るつもりなの?
わたしはすべてのやさしさを感じたいし、信じたい。そして愛していきたい。
誰かのために頑張らせてよ。
存在意義を見出させてよ。
冬になると尾崎豊の『OH MY LITTLE GIRL』を聴きたくなる。
わたしはやさしさに触れたときとても素直になれる。
なるべくなら、いつでも素直でいたい。
つまり自分が感じたままを認めてあげたい。
怒っちゃダメなのは嫌。
感情を捨てて、だれかを愛せる?
全ての感情を抱きしめることが愛でしょ?
だから自分の中の全ての感情を愛しなさい。
ジョージハリスンの歌う歌がなぜあんなに暖かくて本当にやさしいのか、それは彼が謙虚でやさしくてその分不器用でずっと苦しい思いをしてきたからだと思う。
美味しい思いばかりしたい人は、いい男を捕まえるために努力をたくさんするの。髪を巻いたり流行りの可愛いとされてる服を着たり。それで、それなりのメーカーとかに勤めてる人と付き合ってデートして愛されて結婚して元気な赤ちゃんを産んでその赤ちゃんはおっぱいをたくさん飲んでくれて大きな持ち家に家族で仲良く暮らすの。
夫に美味しいご飯を作ってあげて家で家事だけする日々を退屈だとか、近所のママたちとファミレスで愚痴を言い合うのを息抜きと思ってる。でもそれはきっと幸せだと思う。
わたしはそんな幸せの道を歩んでいくようなタイプではない。願望がないのだ。
では、どんな願望があるの?
誰かと心と心を通わせられて、お互いに信じられて、尊敬し合うことができたらとても暖かい気持ちになれると思う。
それを人々は運命だとか言うのかもしれないけど、わたしにとっては男も女も関係ないし、年齢も国籍も関係ない。
そんな人たちとご飯を食べたりお互いの時間や性格を大切にしながら長くつきあっていくことができたらとても素敵だ。
行ったことないところを歩いたり、人が入れなそうなとこに踏み入れて笑ったり、落ちてる桜を食べて甘いねと言ったり、夜遅くに繁華街を歩いてたら変なじじいに絡まれて二人で無視したり。ちょっと悪い顔をしてちょっと悪いことをするのだ。特に話すことがなくてもいい。
わたしは心に少し問題を抱えているから(このくらいの年齢はそれが出やすいのかも)うまく自分のことを話せないし、多くの人と心を通わすことが難しい、それでも話すと嬉しくなる人がいるし、どんなきっかけかわからないけどよく話すようになる人とも出会う。それに関しては本当に不思議なことだ。なぜならどんな人とも仲良くなれる能力がないし、人懐っこいタイプでもない。誰かと誰かが仲良くしててもそうなんだと思ってそれ以上の感情は湧かないのだ。
それでもぶすっとしてるのも苦手で、常に顔色を伺ったり気を遣ったりしすぎる。
なんか気が張っている。どうしたらいいかわからない。とりあえず目の前のことに一生懸命になるしかないのだ。
そして不器用な部分も含めて、それが自分なんだということを愛せるようになりたい。